選んで作る、私が真ん中にいる暮らし

知的に重い障害のある子の一人暮らしと、親の思い

たとえ重度の知的障害があっても、一人暮らしは自然な選択。
20代のわが子を自立生活に送り出した母親と、その思いのもとで
世界を広げていった娘の、歩みとこれからを見つめます。

東京都内、よく晴れた日の午後。
住宅街の道を、介助者とともに歩く人の姿があります。

腕には買い物バッグ。
弾むお下げが、まるで気持ちを映しているようです。

(撮影/本サイト編集部)

スーパーに着くと、慣れた手つきでカゴをショッピングカートへ。

(撮影/本サイト編集部)

向かったのは、野菜コーナーです。

「モロヘイヤとツルムラサキ、どっちにする?」

と、介助者。
少しの間、袋を見つめ、彼女はモロヘイヤを指さします。

(撮影/本サイト編集部)

おやつと生活用品を買ったら、今日の買い物は終了。
家路(いえじ)に着きます。

(撮影/本サイト編集部)

住宅地を歩くこと数分。
あるアパートの前で、足をとめました。

玄関のドアを開ける介助者。
部屋に上がる彼女。
こちらを振り返り、片手を上げて、招き入れる仕草をします。

(撮影/本サイト編集部)

ここは2DKの単身用アパート。
彼女がひとり暮らしをする部屋です。

世間の常識と、親子にとっての自然の間で< 1/10 >

その人の名は、前田(まえだ)のはらさん。

前田(まえだ)のはらさん(撮影/本サイト編集部 )

のはらさんは、2001年生まれの24歳。
知的に重い障がいがあるとされています。

コミュニケーションの方法に、言葉を用いることはありません。
聴覚に頼ったやり取りや、洋服のボタンをはめるような手先の細かい動作も、日常のなかにはありません。

そのため、暮らしのほぼすべての場面で介助が必要です。
それでも約3年前に、ひとり暮らしをスタートさせました。

平日の日中は作業所へ。
それ以外は、「重度訪問介護」の制度を使って過ごします。

帰宅したら、介助者に促されてまず手洗い(撮影/本サイト編集部 )
夕食前はリビングでひと息つきます(撮影/本サイト編集部)

全国に「障害者手帳」を持つ人は約593万人。
そのうち、単身生活をする人は11.4%です。
(2016年 厚生労働省 生活のしづらさなどに関する調査)
知的に重い障がいのある人となると、さらにその数は少なくなります。

それだけに、計り知れない思いがあって今の生活があるはず。
しかし親御さんに聞いてみると、こんな答えが返ってきました。

「ひとり暮らしをする道をつくったのは、ごく自然な流れでした。
障がいのあることが娘にとって不幸だとか、特別なものだと思ったことは、一度もありません」

そう軽やかな表情で話すのは、母親の前田知子(まえだ・ともこ)さんです。

母親の前田知子(まえだ・ともこ)さん(撮影/本サイト編集部)

前田さんが、わが子に障がいの可能性があることを知ったのは、のはらさんがまだお腹の中にいる超音波検査でのこと。

医師は、心配しながらそのことを前田さんに告げました。

しかし、前田さんにとってのはらさんは、授かったとわかった瞬間から愛おしくて、可愛くて、ただただ幸せをもたらしてくれる存在。

もしかして苦しかったかな。
理解してあげられていなかったとしたら、申し訳ない。

と、わが子を気づかうことはあっても。
障がいの話自体は、「そうなんだ」としか思わず。
出産をためらう気持ちには、少しもなりませんでした。

深刻そうな表情を浮かべていた医師は、拍子抜けしていたといいます。

その後、のはらさんが誕生。
首が座ったり、寝返りしたりするのが遅かったことから、徐々にほかの子どもとは違うことが明らかになります。

また、小学校までののはらさんは身体が弱く、入院と手術を繰り返していました。
前田さんは、病院につき添ったり、1日3食、ミキサー食(飲み込みやすく調整した食事のこと)を手づくりしたり。
毎日のように、サポートに明け暮れます。

そうであっても、前田さんは言い切ります。

「もちろん困ることはありました。
でも、そのたびに解決策を探しだすことを楽しんでいました。
子育てについて、悲観したことはありません」と。

それよりも戸惑わせたのは、周囲の人たちの言葉でした。

「療育機関で聴力検査をすすめられ、未就学児の娘を病院に連れて行ったときのこと。
結果を伝えようとした先生が、『残念ですけど、お子さんは―― 』という言い方をしたんです。

何が幸せで、何が不自由かは、本人が感じ取ればよいことでしょう。
どうしてあなたに『残念』だと決められなくてはならないの? と悔しくて。

でもそのことを、同じ障がい児を育てるママ友に話しても、『えっ、あなた残念じゃないの?』と言われてしまい。
しまいには、親や親戚までもが同じ反応で。

今となれば理解もできるんです。
でも当時は、あまりの世間の障がいのある子への見方に、悲しくなったのを覚えています」(前田さん)

生まれてくるわが子が‟健常”かどうかを気にするのは、今も昔も、決して珍しいことではありません。

そんななか、どうして前田さんは一縷(いちる)の憂(うれ)いもなく、のはらさんを迎えられたのでしょう。

その理由をひも解くことには、子どもを持つ・持たないにかかわらず、大きな意味がありそうです。

そこで、ここから少し時間をさかのぼって。
前田さんが、これまでどんな歩みを重ねてきたのかを振り返ります。

その先で、前田さんが子育てや介助と、どう向き合ってきたのか。
現在、のはらさんがどのように暮らしているのか。
ひとつずつ、見ていきます。

※ この記事は、子どもにまつわる特定の選択や、それぞれの子育てのあり方を否定するものではありません。前田さん親子と介助者の方が重ねてきた、ひとつの生活のかたちを伝えることを目的としています

学校で教え込まれたものと、今も残る記憶 < 2/10 >

のはらさんを授かる前の前田さんは、とくに子どもが好きなわけでも、母親になることに特別な思いがあるわけでもありませんでした。
仕事を続けるなかで体調を崩したこともあり、家族が増えたらいいけれど、きっと難しいと思っていたといいます。

そのため、のはらさんがやって来たのは、思いがけない出来事。
前田さんは自分でも驚くほど幸せな気持ちに包まれ、「楽しみだなあ」「どんな子に会えるかな」という一心で、出産の日を待ちわびました。

そう話す前田さんから受ける印象は、いつでも肩の力の抜けた大らかな人。
ところが、「そうではない」というから意外です。

前田さんが生まれ育ったのは、都心に通勤する人が多く家を構える、東京都の郊外。
日本が「少子高齢化社会」と呼ばれる以前の、子どものたくさんいるベッドタウンでした。

学校では、子どもにテストの点数を競わせることや、「人に迷惑をかけてはいけません」と厳しく教えることが、ごく当たり前の光景。
管理的な教育や集団生活が、ことさら重んじられる時代でした。

前田さんは、そうした空気を受け入れられず、かといって教師に反発するほどの自信はなく。

ほかの子と比べられるのがイヤ。
でもきっと、そんなふうに辛くなるのは自分が悪い子だからだ。

と感じていたといいます。
いつのまにか、引っ込み思案(じあん)な女の子になり、好きな読書にふけりながら、目立たずに過ごすようになりました。

高校は、制服のない私立校へ。
中学で堅苦しさを感じていたことが、理由のひとつでした。

しかし、別の女子生徒がどんな洋服を着ているか。
ルックスを周囲からどう見られているか。
気にしてしまう自分がいたといいます。

前田さんの家庭は、どちらかというと経済面では安定していて、ご両親が進路に口出しすることもありません。

環境に恵まれながらも、目標を見つけられず。
自分と他人を比較しがちで。

社会に出るまでの猶予期間を延ばすように、付属先の大学に進学をします。

満たされない日々に、ふいに訪れたもの < 3/10 >

大学生になった前田さんは、友だちとドライブをしたり、ひとり旅で北海道を一周したり。
人並みの青春を謳歌(おうか)します。

でもそこに楽しさはあっても、切実さはありません。
ウェイトレスや街頭アンケートなどのアルバイトもしますが、どれも面白いとは思えず、一生懸命になれなかったといいます。

やがて迎えた大学4年生の春。
就職活動の季節になりました。

当時の女子学生にとっての主流は、いわゆるOLと呼ばれる一般職。
しかし前田さんは、そうした仕事に就きたいと思えません。
リクルートスーツに身を包んだ友人たちを横目に、何もできずにいたといいます。

転機がやってきたのは、そんなときでした。

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